父小林亜星の遺産相続で小林朝夫が家族と遺産相続でトラブル

父小林亜星の遺産相続で小林朝夫が家族と遺産相続でトラブル?

みんなが一度は聞いたことのあるCMソング、「この木なんの木」や
「チェルシーの歌」など数多くの名曲を作曲されたことで有名な
小林亜星の息子、小林朝夫さん。

父亜星さんは残念ながら2021年8月に亡くなってしまいましたが、
その遺産をめぐって義母と対立しているとニュースが飛び込んできました!

一体どうしたのでしょうか?
小林朝夫さんの足跡を辿りながら調べて見たいと思います。

小林麻生さんのプロフィール

生年月日:1961年2月16日
出身地:東京都
出身大学:明治大学文学部

明治大学入学後は劇団ひまわりに入団。

父の口利きでニッポン放送「所ジョージの足掛け二日大進撃」のアシスタントを一時期務めます。

その後1982年からは「太陽戦隊サンバルカン」にバルパンサー役で出演。
第38話では「豹朝生のおやじ殿」で父・亜星さんとの共演を果たします。

その後は進学塾講師や室長として活躍されます。
1999年には朝日新聞朝刊社会面のトップを飾る記事で
「塾の世界で、小林先生を知らない人はいません「国語の神様」です。」との見出しで
紹介されるほどの人気講師だったようです。

小林朝夫さん逮捕される

小林朝夫さんは2013年4月22日に弘前市のアパートで女子高生に淫らな行為をしたとして同年6月に県条例違反の疑いで逮捕されています。

事件当時小林朝夫さんは52歳でした。

事件後被害者の女子高生が警察に被害届を出したため発覚したようです。
それによると、相手の裸などを携帯電話で撮影していたことから児童ポルノ製造容疑で再逮捕。
罰金60万円の略式命令を受け、即日納付して釈放されるという顛末でした。

有名な小林亜星さんの息子さんということで、芸能界ではなかなか大変だったのかもしれませんね。。

色々鬱屈した感情が渦巻いているのでしょうか?

地震予測のサイトを作って炎上したり色々あるようで、
小林亜星さんも生前は気苦労が絶えなかったのかもしれませんね。

小林亜星さんの遺産問題で家族と骨肉のバトル勃発??

小林朝夫さんの有料ブログにこんな気になる一文が。

「スムーズに相続問題が解決することはないと思っています。<中略>
余り釈然としない日々を過ごしています>

いったい何があったのでしょうか??

小林麻生さんは生前小林朝生さんと赤坂で食事をした際に、
小林亜星さんは、
「実は遺言を書いたんだ。」
と話され、
「お前にはこれとこれを遺す。」
とお話をされていたそうなのですが、

いざ亡くなって相続の件で奥さんの友恵さんサイドに遺産の目録を出してくれ
と、問い合わせると友恵さんサイドの弁護士から送られてきたのは
生前小林亜星さんが残された遺言書でした。

小林亜星さんが残されたという遺言書にはなんと、

「遺産のすべては妻友恵に渡す。」

という文面が。

これにはさすがの小林朝夫さんも驚きが隠せないようで、

前述のトラブルの一件も絡んでいるのではないかとの声に小林朝夫さんは、

「それが理由だと言ってくれればわかりますけれど、説明もないんです。。」

と、友恵さんに反論も伺って見ても「答える必要はありません。」との回答。

同席した食事の際の話を根拠としている小林朝夫さんに比べ、
正式な遺言書に妻の友恵さん全て渡すと書いてある以上小林朝夫さんには
成すすべないようにも思えてしまいますね。

いったいどうなるのでしょうか?

これはまだお話が出揃ってないようなので、また追って追記させていただけたら
と思っています。

何はともあれ小林亜星さんを縁に繋がった人たち、
みんなそれぞれが納得のいく幸せな結末になればいいですね。

これからの動きに注目していきましょう!

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